私の小学生時代のお話である。
ある日の夜、ひとりのおっさんが家にやってきた。近所に住んでいる父の友人だった。なんでも家族にも話をしていない相談事があるらしく、それで父に話を訊いてほしいという。
おっさんは寿司折と酒を持参していた。
「晩飯どきに突然来て悪いね。これ、寿司。まあ、みんなで食べてよ」
もちろん、せっかくの寿司を断る理由はまったくない。相談事はおっさんふたりに勝手にやってもらって、母とそして兄と私と弟の3兄弟どもも同席し寿司をいただくことにした。
で、おっさんふたりはほったらかして寿司うめえなんつってのんきに食ってたら相談事をしているはずのおっさんふたりの様子がなんだかおかしなことになっていることに気づいた。そして突然ケンカがおっぱじまった。
一体どういうことなのか。
ここいらへんに関してはまったく覚えてなかったが、先日、母にこの話をしたらケンカの原因が判明した。
「おまえは個人事業主だから気楽でいいよな。俺は会社員だからな。おまえと違って大変なんだよ」
そんなようなセリフを友人のおっさんは父に向かって言ったらしい。
もちろん父からしたら気持ちのいいセリフじゃなかったろう。ましてや父は普段から怒りっぽい人間だしおまけに酒も回っていた。
「なにぃ?! この野郎!!」
父は鬼の形相で声を荒らげた。そして、まだ寿司がそこそこ残っている寿司折を手に取ると、そのままおもいっきりテーブルに投げつけた。
マグロやイカやサーモンやタコの切り身が米粒の固まりと共に宙を舞った。
宙を舞う寿司。それはなんだか壮観で、尚且つ、ひどくまぬけな姿に私には見えた。
いまでもあの光景は忘れられない。
たとえば、これがハンバーグだったらどうであろう。あるいは、カニクリームコロッケや牛丼ではどうか。
うーん。とくに壮観でもないしまぬけな感じもしないな。
そして、この出来事から私は以下のことを知った。
「寿司は投げるとなんだか妙におもしろい」
ここまで読んでくださった人に果たしてちゃんと伝わっているのか、心配になってしまう。まあ、誰も読んでないかもしれないが。
繰り返しになるが、宙を舞う寿司は、壮観で、尚且つ、まぬけな姿をしていて、なんだか妙におもしろかったりする。
想像してみてほしい。なんなら実際に寿司を投げて確かめてほしい。
枕投げというものがある。私も中学の修学旅行の際に泊まったホテルの一室で友人らとやったことがあるが、あれはなかなかに楽しかった。ただ、寿司を投げるともっとおもしろいのではないか。
あるいは、やり投げやハンマー投げがあるのだから「寿司投げ」があってもいい。飛距離に加え寿司の散らばり具合で芸術点を競い合うのだ。そんなスポーツがあってもいいのかもしれない。
とにかく、あの出来事以来、私はときどき寿司を無性に投げたくなる。
やっぱり壮観でまぬけなんだろうな。おもしろいんだろうな。
なんてふうに思ったりする。
もちろん、食べ物を粗末にしてはいけないという常識は身に付けてるので私はやりませんが。後片付けもめんどそうだしな。
「寿司は投げるとおもしろい」
きっと百人にひとりくらいは「あー、なんかわかるわー」ってなってくれるはずだ。