はじめて骨折してみた

6月17日に右足の踵を骨折した。

誰のせいでもない。完全に自分のせいである。

私はこれまでに大病も大けがも経験したことがなく、「身体だけは無駄に丈夫」と調子に乗っていたのがまずかった。大馬鹿者だと言うしかないやらかしだった。

やらかし日、たまたま仕事が休みだった兄に頼み車で整形外科へ。

60ぐらいの町医者白髪爺曰く

「踵の粉砕骨折だね。このままだとまずいので、来週入院してもらって翌日手術という流れになるんで」

尋常じゃないほどいてえし腫れて紫色になってるしで骨折は覚悟していたが、よりにもよって入院で手術かよ……。

とりあえずシーネという足を固定するための装具を付けてもらい松葉杖で帰宅。

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当然この状態では今までどおりの生活するのは無理である。といっても私には妻や子どもや弟子などの同居人がいない。なので、実家の両親に面倒を見てもらうことになった。

「マジかー、手術かよ……」

絶望した。

そして絶望しつつ次第に町医者への不信感がむくむくと湧いてきた。

というのは、診察中、看護師の女がシーネの上から包帯を巻こうとしたのだがうまく巻けずその看護師の女を白髪爺が怒鳴りつけたからだ。包帯をうまく巻けない看護師もどうかと思ったが、だからって患者の目の前で怒鳴りつけるってのはどうなんだ。さらに疑問だったのが手術の説明と同意書にサインする際、兄とさらに私のやらかしの報を受け急遽駆けた母を診療室から追い出したことだ。意味がわからん。

頭の中のリトル俺が囁いた。

「あの病院はヘンだ。そうだ! 念のために大学病院で診てもらおう!」

両親も同意してくれたので、白髪爺病院にはテキトーな理由を言って大学病院への紹介状を書いてもらい翌日くだんの大学病院へ。

大学病院のお医者様曰く

「うーん、粉砕骨折と言われたそうですがそれほどでは……。僕としては入院・手術はせずに保存療法のほうをおすすめしますが……」

「怪しい町医者<大学病院のお医者様」で既に答えは出ていた。

「お、お願いします!」

ほっとした。

もちろん、入院・手術がなくなりほっとしたからといって骨折していることに変わりはない。

まず、これから1ヶ月のあいだは踵を着くのはNGとのこと。万が一着いてしまったら骨がずれて手術することになる可能性があるという。

手術はいやだよー。はい、意地でも着きません。

飯のとき以外は基本一日中布団の上で横たわる日々を過ごす。

「とにかく冷やせ」

と言わせたので患部には常にキンキンに冷やしたアイスノンをあてる。痛いよ冷たいよー。

この時期はとにかく落ち込んでいた。ああ、なんであんな無茶なことやっちまったんだと後悔の日々。また元のように歩けるようになるのだろうか……。不安ばかりの毎日だった。食欲減退、テレビもネットも音楽を聴く気もまったく起きずひたすら寝くさっていた。当然ながらブログなんぞ書く気力もまるで湧かない。

半月ほど過ぎたあたりから少し余裕が出てきたので寝スマホでYouTubeを見まくる日々に突入。ゲーム実況とか犬猫動画とか、とにかく現実を忘れさせてくれる動画をひたすら見た。

1ヶ月経過。ようやくシーネを取り外す。うん。まだフツーに足腫れてる。レントゲンの結果はとくに問題なしとのことなので、足底板というシリコンのようなクッション入りの装具をつけての松葉杖歩行が可能となった。

わーい松葉杖&装具つきとはいえ歩けるぞーお外に出てるぞー、と少し気分が上がったがこれがまた大変だった。

なにしろ右足首から下の部分が石のように固まっていてまったくといっていいほど動かない。膝も股も筋肉のハリがなくて触るとふにゃふにゃしている。細い棒みたいになっている右足を恐る恐る地面に着けながら毎日4・50分、松葉杖歩行に励む。入浴の許可が下りたので湯舟に浸かりながら固まりまくっている足指をなんとかグーパーしたり足首左右に反らせたりの苦悶の日々。

つらい。

絶望した。

そんなある日、柴田聡子がYouTubeでWEBラジオやってるっつーんでなんとなく聴いてみた。柴田聡子のバンド「柴田聡子inFIRE」のベースかわいしのぶとドラマーITOKENがゲストの回だった。


柴田聡子のシャムゴッド・トーク・ドリル Vol.6

ひさしぶりの対面という3者。

「お元気でしたか?」

という柴田聡子の問いに

「まあ、元気といえば元気だった。元気じゃない時期があった」

と答えるITOKEN氏。

番組ではそれ以上詳しい話は語られなかったが、なんかピンと来た。

すぐにネットで検索。

マジで驚いた。

なんとITOKEN氏も4月に骨折していたという。しかも同じ踵である。

なんて偶然なんだ。ただITOKEN氏は両足の踵骨折&手術とのことで俺よりも重傷である。いずれにせよ、なんだか迷い込んだ砂漠の先で仲間を見つけたような気分になった。

ちなみに上のWEBラジオは8月にライブ配信されたものだが、番組の終盤ではライブパフォーマンスを披露。ITOKEN氏も見事にドラムを叩いていた。手術したITOKEN氏が4ヶ月でドラム叩けるようになってるんだから手術せずに済んだ俺はあと2ヶ月ぐらいしたらドラム叩けるかもしれん。つーか、そもそもドラム叩いたことないが。

そんなこんなで松葉杖生活が2週間経過し病院にてレントゲン検査。

「うん、順調にいってますね。じゃあ、次は片松葉で2週間歩いてみましょうか」

片松葉ってのは文字どおり松葉杖を一本使って歩くことである。ちなみに俺は思い違いをしていたが、片松葉はけがをしていない足側の手でもち歩行する。てっきりけがしたほうの足側でもつもんだと思っていた。

で、片松葉。

これがむずかしい。いざやろうと思っても恐怖心が勝ってできない。両松葉でもまだ心許ない状態なんだ。どんなにがんばってもできない。

絶望した。なんだか絶望ばかりしているが、私はわりと頻繁に絶望する人間なのである。

で、2週間後、恒例のレントゲン。

「うん、骨はずれてないですし順調ですね。片松葉はどうですか?」

「いや、それが怖くてできなくて……」

「えっ、それはまずいなー。うーん、ここではリハビリはやってないんですよ。良かったらリハビリ専門の医院を紹介しますので行ってみますか?」

「はい、よろしくおねがいします」

そんなこんなで、いまは週一でリハビリ施設に通っている。片松葉は無事マスターし卒業した。70超えてそうなじーさんばーさんどもや下の毛も生えてないような小学校低学年のお子ちゃまどもにも余裕で抜かれるようなペースであるが松葉杖なしで歩くこともできるようになった。しょっちゅうピリピリズキズキしていた患部もほぼ痛まなくなった。先週から仕事にも復帰した。毎日歩くたびに少しずつよくなっていっているのを実感している。

大学病院のお医者様曰く

「このまま順調にいけば1ヶ月後には装具なしで以前のように歩けるようになれますよ」

とのことだ。

マジで? あと1ヶ月でフツーに歩けるの? 嘘くせえええええええええええええ!!!

わりと人を疑ってかかる俺だが、こればっかりはお医者様の言葉を信じるしかない。

というわけで、ブログもぼちぼち再開していこうと思う。