【第23回】はじめて○○へ行ってみた「井上陽水のライブ」(2019/11/06@市川文化会館 大ホール)

f:id:tonchi-banchou:20191108185737j:plain

 

正直に言って、私はいままで生きてきて、井上陽水の音楽をまともに聴いた経験がない。

もっと言ってしまうと

「井上陽水、嫌いじゃないけどなあ。つーか、俺よりずっと年上のお年寄りの人たちが聴く音楽じゃないか……?」

とすら思っていた。

ただし、「井上陽水と俺」のエピソードとして、いまでも記憶に鮮明に焼きついている強烈な出来事がある。

あれはもう10年以上前だったか。いつかのフジロックでのことである。

ステージ間を移動中、突如として万雷の拍手が沸き起こった。目の前のステージで、ちょうど井上陽水がアコギ一本抱えて登場してきたところだった。

私の記憶がたしかならば、そのまま舞台の中央に立った井上陽水はにこりともせず、アコギをポロンと爪弾くと、こう歌い出した。

「都会では~、自殺する~♪」

その瞬間、大勢の聴衆が「おお~!」と感嘆の声を上げた。私もおなじように「おお~!」と声を上げたはずだ。

「これが井上陽水の生歌か……。すげえな」

とにかく、じつに「いい声」であり、じつによく「通る声」だな、と思った。そして、そのまま一曲まるまる聴き入ってしまった。

目当てにしていたミュージシャンのライブが迫っていたので結局その日のオープニングナンバーであった「傘がない」を聴き終えたところでほかのステージのほうへ移動してしまったのだが、以来

「ー度、がっつり生で聴いてみたいな」

と思っていた。

そんなこんなでつい数ヶ月前のことである。井上陽水のデビュー50年周年を記念するライブツアーが秋に開催されることを知った私はこう思った。

「50周年の記念ライブなんだから、にわかの俺が知っているような有名な曲もたくさんやってくれるだろうな。いい機会だから観に行ってみるか」

思ってすぐにぴあの抽選に申し込んだ。そして幸運なことに当選した。

とはいえ、ライブを観たのは10年以上前のことである。しかも、一曲聴いただけである。前述したように、私は井上陽水の音楽を熱心に聴いてきたわけではない。とくべつ好きな曲があるわけでもないし、ましてや井上陽水のいまの年齢は詳しくは知らないが、おそらくあのときと同じような強烈な体験をするのは難しいのではないか。なので正直たいして期待はしていなかった。

ライブ当日。

周りの客を見ると若者もちらほらいるにはいるが、やはりご年配の方が多い。私自身、20代の巨乳ギャルじゃないし、つーかそもそも女じゃないし、ちんこついてるいい歳したおっさんだが、それにしたって周りの大半は私よりももっとずっと年齢がいっている方々である。

きっとライブ中はひとりも立ち上がって観たりなんかしないんだろうな。モッシュもダイブもヘドバンもしないんだろうな(当たり前だ)。なんだかちょっと不安になってくる。

開演予定時刻の18時半を5分ほど過ぎたところで暗転。後ろのスクリーンにまだ新人だったころの大昔の写真や当時の陽水を取り扱った新聞記事などが浮かび上がる。おっ、俺が観た、あの日のフジロックのステージを報じる記事も映った。なんだかテンションが上がってきた。

そして、バンドメンバーを従えついに御大・井上陽水が登壇。

1曲目。知らない曲である。2曲目「アジアの純真」、3曲目「Make-up Shadow」。もちろん、この2曲は知っている。それにしてもマイクの調子が悪いのか、はたまたやはり年齢のせいなのか、なんだか声がうまくこちらに届いてこない。そして、やはり拍手や声援を送る者はいるが、立ち上がって腰をフリフリしながら観るような客は私が確認したかぎりでは皆無である。

「しくったかな……」

と、やや後悔しかけた。

しかし、5曲目ぐらいになると、すっかり「井上陽水の歌声」になっていた。つまり、「あの日の井上陽水」である。9曲目の「いっそセレナーデ」では、あの時とおなじように思わず「おお~!」と感嘆の声を上げながら聴き入ってしまった。

つーか、1曲目こそ知らない曲だったが、この日演奏された8割の曲は耳なじみのある曲だった。おそらくテレビやラジオから流れていたのを意識せず聴いているうちに、いつのまにか覚えていたのだろう。

「俺、こんなに井上陽水の曲知ってたんだ……」

と驚いてしまった。

たしかに50周年記念のライブなんだからヒット曲中心のセットリストである。とはいえ、これはすごい。ファンの人からすればいまさらかよって話だろうが、とんでもないメロディメーカーではないか。

また、トークがとてもおもしろかったのも驚いてしまった。いや、「かなり風変わりな人」だというのは知ってはいたが、こんなに軽妙洒脱なおっさんだったとは。詳しいことはこれから観に行く人のネタバレになってしまうかもしれないので書かないが、「結婚式での話」だとか「途中休憩前後に呟いたセリフ」だとか、声を上げて笑ってしまった。タモリが台本を書いているのでは、と疑ってしまったほどだ。いや、これだけユーモアのセンスがある人だからこそタモリとウマが合うのだろう。ちなみに私はてっきり同級生だと思っていたが、タモリのほうが2つ年上だそうです。

とにかく、50年に渡って日本のメジャー音楽シーンで活躍してきた大御所らしい余裕や、適度な緊張感や、どこかゆるさを感じさせるまったり感が渾然一体となった、とても素晴らしいライブだった。あ、ちなみにアンコールではさすがに総立ちとまではいかなかったが、ほぼほぼスタンディングオベーション状態でした。

うん。また機会があったら観に行こう。つーか、その前に井上陽水の音楽、がっつり聴かないとな。

 

f:id:tonchi-banchou:20191108215954j:plain