SF映画に出てくる宇宙人といえば、「地球を侵略するためにやってきた悪い奴」というのがお決まりのパターンである。
しかし、火星人や金星人なんかとしょっちゅう会っているらしいたま出版の韮沢さんや、超常現象マニアにはお馴染みのUFO誘拐事件のヒル夫妻など、ごく一部の人物を除けば、地球に暮らす我々の大半は、宇宙人に会ったことがないばかりか、この目で目撃したことさえもないのだ。
これはどう考えてもおかしな話だと思う。
たとえば、盛岡県に山田さんという床屋を営んでいるおっさんがいたとしよう。
まあ、べつに住んでいる場所は盛岡県じゃなくて山梨でも福岡でも、なんだったらブラジルやカナダでもかまわないし、名前だってジョニーでもブッフバルトでも全然いいし、職業も床屋じゃなくて薬剤師とかパイロットでもべつにかまわないが、とりあえずこの話においては盛岡で床屋を営んでいる山田さんというおっさんということにする。
まあ、ようするにどこにでもいる普通の床屋のおっさんである。
で、あるにもかかわらず、「盛岡県で床屋を営んでいる山田さんというおっさん=地球を侵略しようと企む悪いやつ」と、会ったこともない人間が勝手に想像し、で、そんな極悪非道な山田のおっさんという想像が勝手に映像化されたうえ全世界の人々に向けて公開され、それを皆で寄ってたかって鑑賞しているわけだ。
山田のおっさんがこの事実を知ったら、はたしてどう思うか。
「いや、おりゃーただの床屋だよ! 勝手に悪者にするな!!」
山田のおっさんだって怒るのではないか。
『地球が静止する日』に出てくる宇宙人(キアヌ・リーヴス)は、とんでもない大バカ者であった。
身勝手な理由で環境破壊を繰り返す人間のせいで滅亡寸前にある地球。だが、愚かな人間たちはその事実を知らない。宇宙人外交官キアヌは、そんな地球の危機を警告するため遠い宇宙の惑星からはるばるやってきた。ところが人間どもときたらまるで聞く耳をもたないどころか、隙あらば攻撃してくるわひっ捕らえようとしてくるわでお話にならない。ブチギレたキアヌはついに人類の抹殺を決意する。
「地球ガヤバイノハオマエラ人間ノセイ。ナノデ、オマエラバイバイナ」
ところが、ギャギャーうるさいガキとそのママハハの科学者が大騒ぎしているのを一緒にドライブなどをしながら観察しているうちにいつのまにか心変わり。
「人間、イイ奴。モウ許シタ」
つって、さっさと故郷に帰ってった。
ギャーギャーわめている女・ガキと、たった一日ともに行動しただけで、いったい人類全体のなにが理解できたというのか。意味不明な行動と言わざるを得ない。
こんな奴、バカに決まっているではないか。
「なにしに行ったんだオメーは! もう一回地球に行って、人間滅ぼしてこい!!」
きっとその後、故郷の上司にこっぴどく叱られたに違いない。
「さすがにここまで馬鹿じゃねーよ!!」
もし宇宙人が本当に存在してこの映画を観たら、ヤツらもそう言って怒ると思う。