高校生のとき、課外授業というものが行われることになった。担任曰く、講師としてやってくるのは我が高校の卒業生だそうで、なにぶん相当昔のことなので細かい部分は忘れてしまったが、なんでもかなりの経歴を持っている偉い人らしい。とにかくご立派な社会人に成り上がった偉大なるパイセンが我々後輩どものために今回特別に課外授業なるものを行ってくれるというのだ。いったいどんなありがたいお話を訊かせていただけるのだろうか。
課外授業当日。教室に現れたのは柔和な雰囲気を醸すマダムだった。
で、授業ではおそらく大変ありがたいお話をしてくれたはずだが、あいにく頭の悪い私にはまったく響かなかったようで、なんとなく道徳っぽいお話だったような覚えはあるものの、その記憶はおぼろげである。
ただ、このマダム講師がやたらと「トシちゃん」の話をしていたのはよく覚えている。
「みんなトシちゃん知ってるでしょ? あのトシちゃん。私、トシちゃんと同級生でね、小学生のときおなじクラスだったの。いまでも友達でね、ついこないだも会ったんだけど、トシちゃんっていい人なのよ~」
教室内がにわかに色めき立った。
「トシちゃん」といえばあの人しかいない。
田原俊彦である。
当時のトシちゃんは数年前に例の有名な「ビッグ発言」によって芸能界を干され、すでに「いない人」扱いになっていたが、かつては歌を出せば超ヒット、ドラマで主演を張れば大ウケという八面六臂の大活躍をしていた紛れもないスーパースターである。そのトシちゃんとこの講師のおばちゃんがツーカーの仲であるのだというのだから驚いた。
その後も授業のテーマなどほぼそっちのけで「トシちゃん」「トシちゃん」と田原俊彦の話をやたらと織り交ぜてくるマダム講師。
「トシちゃんと友達なんだ! スゲー!」
我々はトシちゃんにまつわるマシンガントークを興味津々の心中で耳をそばだてながら訊いていた。が、徐々にその雲行きが怪しくなっていった。
当時のトシちゃんは30代後半。一方、マダム講師はどう見ても50前後の年齢である。いくらなんでもこのふたりが同級生ってことはないんじゃないか。我々の頭の中には次第に「?」のマークが浮かぶようになっていた。
その空気を察したのだろう、マダム講師は不意に言った。
「あっ、ごめんなさいね。トシちゃんっていうのは西田敏行さん。それでね、トシちゃんがね~」
我々が心の中でこう突っ込んだのは言うまでもない。
「いや田原のトシちゃんじゃねえのかよ!」
結局、我が人生で最初で最後となった課外授業は半分近くが西田敏行の話で占められるという異例の展開によって終了と相成った。
しかし、いまになって思う。
「トシちゃん」=「田原俊彦」と勝手に決めつけていた我々にも責任があったのではないか。くだんのマダム講師のように「トシちゃん」=「西田敏行」の人だって少なからずいるだろうし、あるいは「トシちゃん」=「X JAPANのToshI」の人もいれば、「トシちゃん」=「神田川俊郎」の人だっているはずだ。
何事も決めつけるのは良くない。
もしかしたらあのマダム講師はそんな大事なことを我々に教えてくれていたのかもしれない。
ところで「課外授業」と訊くと男の子としてはどうしても卑猥な想像をしてしまう。上に「夜の」と付ければなおさらだ。
「夜の課外授業」
じつに卑猥である。
「夜のトシちゃん」
ベッドでおもいっきりハッスルしている田原のトシちゃんが頭に浮かんでしまった。
これがマダム講師だったら、やはり西田のほうのトシちゃんを思い浮かべてしまうのだろうか。
いずれにせよ、人それぞれ考え方が違うように人それぞれの「トシちゃん」がいる。ただ、さすがに「マッチ」=誰もが近藤真彦に違いないと思う。