暑い。なんなんだこの暑さは。
そして、髪の毛がうざい。とにかくうざったくてしょうがない。剛毛かつ毛量が多いくせに、めんどくさがって2ヶ月近く散髪しに行ってないからこういうことになるのだ。
とくに襟足がうざい。汗まみれになった襟足ほどうざったいものはない。なんだったら後頭部ごと取ってしまいたいぐらいだ。
だが、さすがに整形外科へ行って後頭部を取ってもらうわけにはいかない。いかないはずだ。
「あの、後頭部、手術で取ってもらいたいんですけど!」
ああ頭のおかしな奴がやってきた、と医師に思われるに決まっている。
というわけで、馴染みの美容院へ行くことにした。もちろん、後頭部を取ってもらいにではない。散髪してもらいにである。
「今日はどうしますか」
「えーっと、とりあえず伸びたぶんカットで。あと、襟足なんですけど、軽く刈り上げてもらえますか」
「了解でーす」
そして、髪の毛をカットしてもらいつつ軽く世間話を交わし、その後、隙を見て目を閉じ寝たフリをする。これが私のいつものルーティンである。
もちろん、この日もそのとおりにした。したのだが、なぜかこの日は、寝ているフリをしている私に向かって店主が強引に話しかけてきた。
寡黙なオヤジのはずだが、万馬券かなんかが当たって機嫌がよかったのだろうか。
よくわからない。よくわからなかったが、とにかくいろいろな話をした。そして、気づいたら我々はラーメンの話をしていた。
どうやらこのオヤジはかなりのラーメン通らしい。
話してわかった。
とくに激辛ラーメンが大のお好みらしく、休日には嫁と子供をほっぽらかして遠い街にある激辛で有名なラーメン屋へ車ぶっ飛ばして遠征することもあるとのことだ。
「すごいすね。1時間も並んだんですか。ちなみに一番好きな店ってどこですか」
「蒙古タンメン中本ですね」
出たよ。
私は食ったことはないが、激辛で有名な店じゃないか。しかもこのオヤジときたら、中本のラーメンをしゅっちゅう食いに行きたいがために田舎から上京してきたというのだから、もう折り紙付きの中本マニアなのである。
「そんなに美味いんですか」
「美味いです」
「へぇ~。今度行ってみようかな。メニュー、いろいろあるんですよね」
「ええ」
「どのラーメンがおすすめですか」
「北極ラーメンですね。僕はそれいつも食べます」
「辛いんですか」
「一番うえのやつなのでめちゃくちゃ辛いです」
「めちゃくちゃ辛い……でも美味いんですよね」
「めちゃくちゃ美味いです。辛いのは大丈夫ですか」
「いや、あんまり得意じゃ……なんせCoCo壱の1辛でヒーヒー言ってるレベルなんで……」
「う~ん、だったら蒙古タンメンですかねえ。定番のやつなのではじめての人でも比較的食べやすいと思いますよ」
「辛いですか」
「北極ラーメンほどじゃないですけど、まあ、辛いです」
「そうですかあ……」
というわけで、船橋に店があるというので用事の帰りに行ってきた。
客入りは8割程度といったところだろうか。美容院のオヤジの言いつけどおり券売機の「蒙古タンメン」のボタンをプッシュ。やたらと威勢のいい店員のあんちゃんに食券を手渡す。
「お待たせしました! こちら蒙古タンメンです!」
ものの数分で蒙古タンメンが目の前にやってきた。
ヴィジュアル的には野菜たっぷりのタンメンに麻婆豆腐をぶちこんだような感じである。
なるほど、これはたしかに辛そうだ。
私は蒙古タンメンを恐る恐る口に運んだ。
うん。ふつーにうまい。
つーか、たいして辛くねえじゃん。ぜんぜん大丈夫だわ。あのオヤジ、なめたこと言いやがって。こんなんだったら北極ラーメンってやつだって余裕だろ。まったく。馬鹿野郎。
辛い。
超辛い。
マジで辛い。
ひと口ふた口と箸を進めるたびに口の中に尋常じゃない辛さが広がってゆく。
そして、汗がすごい。いつのまにか真夏の炎天下の中、何杯ものラーメンを啜る菅原初代のごとく大量の汗を掻いている。
美味い。美味いが辛い。汗みどろになりながら水をグラスに注いでは何度も飲み干す。
「こいつ、何杯、水飲むんだ……」
さすがに見かねただろう、最中、威勢のいい店員のあんちゃんがピッチャーの水をつぎ足しに来てくれたぐらいだ。辛さと格闘しながらなんとか完食した。
そして、翌日。
私は朝寝坊をした。
おそらく、汗を大量に掻きすぎて体力を奪われたせいであろう。
幸い、仕事にはギリギリ間に合った。ただ、その日の午前中は腹がとても痛く、何度もトイレに駆け込むハメになった。
便器に出した自分の分身を見てみた。昨日の麻婆豆腐のようになっていた。
また来店するかもしれんが、北極ラーメンは絶対に食わない。そう決めた。たぶん食ったら私はふつーに死ねると思う。