「ちょうどいい塩梅の店」を求めて

昔、通っていた美容院のなにが苦痛だったかって、とにかく過剰なまでにこじゃれていて、そのうえ「過剰なまでのサービス」を施されるからだ。

その店は外観からしてレンガ調のモダンな造りで、まあ、こじゃれていた。

中に入るとイケアで売ってそうな赤色のこじゃれたソファに座らされる。すかさず店員がドリンクのメニューを持ってやってきて、コーヒーや紅茶などをオーダーし、それを飲みながらカットの順番を待つことになる。

本棚には歯抜け状態のこち亀やゴルゴ13のコミックスはもちろん一切収納されていない。というか本棚自体がなく、かわりに置いてあるマガジンラックには決まってLEONだのブルータスだのキャンキャンだのといったこじゃれた雑誌の最新号がきれいに収納されていた。

おそらく最新のヒット曲だろう、洋楽のヒップホップがBGMで流れている。男の店員はみな歌舞伎町のホストのような髪形をしていて、もう、こじゃれにこじゃれまくった感じだ。

まあ、これらはべつにこれといってどうでもよろしかった。

よろしくなかったのは、会計を終えて店を出ようとする際、わざわざ店員が店のドアを開けて

「本日はありがとうございました! またのご来店お待ちしています!」

とかなんとか言いながら私の姿が見えなくなるまで深々とお辞儀をすることだった。

「いや、たかが髪をカットしてもらいにやってきてるだけなんだから、そこまでしなくていいっすよ」

何度言いたくなったことか。

それでも通い続けていたのは、ちょうどいい塩梅の店がなかなか見つからなかったからだ。

じっさい、

「もうべつにかっこつけなくてもいいや」

という思いが年々強まっていくに従い、そこそこの代金を払ってわざわざ美容院へ行くのが馬鹿らしくなったので、ためしに1000円カットで有名な某理容チェーンや個人経営の理容室へ足を運んだことがあったがことこどく失敗した。

1000円カットの某理容チェーンはたしかに安いし回転も速い。だが、見事なまでの流れ作業はたしかに小気味いいが、カットを待っている間はなんだか養豚場で捌かれるのを待っている豚のような気分になってしまった。なにより店員の技術の質にバラつきがあるのがいただけなかった。

私は毎回わりと短めにカットしてもらうのだが、私のオーダーの仕方が悪いのか、担当が大体50を過ぎたぐらいのおっさんの店員になると、十中八九、『西部警察』の大門団長のような角刈りヘアーにされてしまった。

いくら「かっこつけなくていい」と言ってもさすがに団長ヘアーはいやだ。

個人経営の理容室の常連にならなかったのも同様の理由である。

何度か通って、

「ここ、いい感じにカットしてくれるな」

と油断して、

「前回とおんなじ感じでお願いします」

なんて頼もうものなら、気づいたらやっぱり団長ヘアーに仕上げられてしまうのだった。

「べつに贅沢を言うつもりはないんだ! ただ、俺は“ちょうどいい塩梅の店”に行きたいんだよ!」

今通っている美容院を見つけたのは偶然だ。

 

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まず、店の外観がいい。こじゃれ過ぎておらず、かといって昭和の時代に取り残されたような古臭さもない。

店内は8帖から9帖のこぢんまりとしたスペースで、私は大概夜に足を運ぶのだが基本的に店長ひとりで店を回している。店長は40半ばぐらいのおっさんだが、身なり髪形ともにこじゃれ過ぎておらず、といってダサくもなく、じつにこざっぱりとしておられるのがいい。平日は21時まで営業しているのもグレートこのうえない。

行きはじめのころはわりと細かくオーダーし、毎回満足のいく仕上がりにしてもらえたので、今では

「前回から伸びたぶんカットしてください」

と言えば間違られることはないツーカーの仲だ。

オーダーどおりにカットしてくれるうえ、カットの時間も10分程度しかかからない。まさに迅速丁寧な優良店であり、これでカット代が1300円なんだから、なんだか逆に毎回カットしてもらうたびに申し訳なく思ってしまう。

一時期、店に行くと決まってアデルの曲がかかっているのがなんだか気になって

「アデルお好きなんですか?」

と訊いたら、

「アデル? ああ、この音楽。いや、早番の若い店員の子が好きなんですよ。僕は音楽はあんまり詳しくないんで…」

とおっしゃった。

万が一、

「うん、まあ、アデルもいいすけどやっぱヒップホップすよヒップホップ。とくに最近はLAの連中がキテるっすよお客さん」

なんて返答されようものなら猛ダッシュで逃げるつもりでいたのでほんとうに安心した。

それにしても近所に美味いとんかつ屋があるのだが、あそこはなんなんだろう。

料理を注文すると店員のおばはんに

「サービスでサラダかお新香が付きますが、どちらにしますか?」

と訊かれ、

「いや、食べられないのでけっこうです」

と返すのだが、

「えっ! いらないんですか? ただなのに?」

と、毎回怪訝そうな対応をされてしまうのだ。

私はお新香は嫌いだし、サラダはキャベツとキュウリの盛り合わせなので好きは好きだが、そもそもロースカツ定食を頼んだ時点でキャベツが付いてくるのでおもいっきり食う物が被るではないか。そんなにキャベツばかり食いたくないし、大体からして小食なんだよ俺は。

これも過剰なサービスと言えようか。

怪訝に思われるのがいやなので、結局、もう2年近くもあのとんかつ屋に行けてない。