仕事の帰りにスーパーに寄って晩飯用のちらし寿司を買って外に出たら、屋台の焼き鳥屋が出ているのを見かけたので買って帰ることにした。
「らっしゃい! なんにします?」
「えーっと……モモが5本、ナンコツが3本、あとレバー2本で。あっ、全部タレで」
「ありがとうございます! それじゃ早速焼きにかかりますんで、ちょっとお待ちください! にしてもお客さん、全部タレですか! なかなかシブいっすねー」
「あー。タレが好きなんで」
全部タレで頼んでなにがシブイのか、さっぱりわからなかったが、とりあえずテキトーに答えた。
にしてもまあ、じつに威勢のいいオヤジだ。しかもこのオヤジ、喋りだしたらなかなか止まらない。
「今日は風が強くてヤですねー。屋台出してるこっちからしたら、こういう風の強い日は堪えますよ!」
「あー。そうですよねー」
テキトーに相槌を打ちながら何気に顔を左のほうに向けたら、なにやら文字が書かれた紙が貼られているのを発見した。
「ワタシニホンゴ、ワカリマセ~ン」
どう見ても60近いフツーの日本人のオッサンにしか見えない。どこかのアジア近辺諸国からやってきた人なのか。
「えっ。これって」
「あー。その紙ね!」
「外国の人なんすか」
「いやいや、シャレですよシャレ!」
つまらんよ! オヤジ!
ますます絶口調ぶりに拍車がかかるオヤジ。仕舞いにはオヤジの考える「繁盛する焼き鳥屋論」まで飛び出した。
「焼き鳥屋つって、いっぱいありますけど、ま、結局、愛想良くやるってのが一番ですよ!」
「あー」
「自分が店に行って店主の態度が悪かったりしたら、『こんな店、二度と来るか!』って思いますもん!」
「あーたしかに。ですよねー」
「うん、だからね、アタシはいつもニコニコしながらやってるんです。それが一番ですね!」
たしかに店主の接客態度がクソな店だったら食事も不味く感じるだろう。オヤジの言うことももっともな話である。
まあ、しかしだ。
焼き鳥屋、というか飲食店にとってなにより大事なのはまず味なんじゃないか。
いくら愛想が良くても肝心の料理がマズかったら客なんてやってこないはずだ。
店内での私語を禁止したり、香水の匂いがキツい客の入店を拒否したり等で、かつてマスコミにも取り上げられたのは「ラーメンの鬼」こと故佐野実氏であるが、食ったことがないので知らないが、あれが許されたのも佐野氏の作るラーメンが美味かったからに違いない。仮に佐野氏がうんこ味のラーメンを提供していたとして、そんなマズいうえに無駄に緊張感を強いられるラーメン屋に誰が行きたいと思うだろうか。
逆に考えると、このオヤジが「愛想がなによりも大事」と頑なに強調しているのは、焼き鳥の味に自信がないからなんじゃないか。
「さっきお客さんが言ったそこの張り紙だってそうじゃないすか。『あーなんか面白いこと書いてあんなー』って。それで足を止めてくれたらこっちのもんですよ」
なんだか無性に心配になってきた。
「愛想良く接客するから味は大目に見てね~ん」
ということなんじゃないか。
「ま、もっとも日本語があんまり理解できないってのはほんとの話なんですけどね」
「えっ……」
「じつはアタシ……コリン星出身なもんで」
やっぱりつまらんよ! オヤジ!
「はい、○○億円ねー。ちょうどいただきましたぁ! 毎度ありぃ!!」
最後まで「オヤジはオヤジ」だった。
家に帰っておそるおそる焼き鳥を食ってみた。
フツーに美味かった。
やるじゃん! オヤジ! 余計な心配させるんじゃねえよ!
とはいえ、今後、あのオヤジの店で焼き鳥を買うことはないだろう。
なぜなら、オヤジのつまらないギャグにいちいち対応しなきゃならんのがめんどくさいからだ。
客商売って難しい。