さっき腹が痛いと言ったな。あれは嘘だ。

もう10年以上前のことになるだろうか。

その日は休日だった。

お昼近くに起きた私は、ビデオに録りためていた映画やテレビ番組を見たりしながら、だらだらと自由に過ごすことができる時間を思う存分満喫していた。

そのとき、突如として便意が襲ってきた。

慌ててトイレに駆け込んだ。

「……ぜんぜん出ない……」

腹が猛烈に痛い。もちろん便意はちゃんとある。にもかかわらず便が出ない。というか、出る気配がまったくない。いくら頑張っていきんでもまるで出そうにない。

トイレにこもってからもう10分以上経過しただろうか。

相変わらず便意はあるのになぜだか出ない。それどころか、腹痛がだんだんと激しくなってきているではないか。

気づけば玉のような脂汗が顔面から滴り落ちてきている。しまいには悪寒・吐き気までもがこみ上げてきた。

「……やばい……痛すぎる……」

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尻丸出しのまま台所のフローリング上に倒れこんだ。

「……きゅ……救急車……」

救急車なんて呼びたくなかった。単なる腹痛だ。だが、単なる腹痛にしてはあまりにも痛すぎる。なにしろ死にそうなくらいつらいのだ。

フローリングを這いつくばりながら数分かけて居間へと移動し、激痛で意識が朦朧とする中、テーブルの上に置いてある携帯電話を手に取り「119」をプッシュした。

「もしもし? こちら救急隊です。どうしました?」(←以下の会話の内容はすべてうろ覚えです)

「……あのお腹が……」

「お腹がどうしました? 痛いんですか?」

「……はい……ものすごく……」

「すぐに救急車の手配をします。ご住所のほうを教えてください」

「……○○市の○○の○です……」

「お名前のほうは?」

「……○○です……」

「わかりました。すぐに救急車を向かわせます」

「……お願いします……」

そのまま横這いで玄関ドアの前まで移動し救急車の到着を待った。

「……ああ……これで大丈夫だ……」

そんなふうに安心した。

安心したら、なんだか急に腹痛がぴたりとおさまってしまった。

わけがわからない。

なんなんだ。いったいなんだったんだ。さっきまであんなに痛かったじゃないか。なんで急に治ったんだ。

「まあ、いいや。ああ、よかったよかった」

というわけにはいかない。

なぜなら、救急車を呼んでしまったからだ。

どうしよう。

なんて言ったらいいのか。

「ああ、もう大丈夫なんで。結構です」

これじゃ馬鹿だと思われるのではないか。せっかく駆けつけてくれた救急車の中の人たちからしてもいい迷惑だ。

「さっき腹が痛いと言ったな。あれは嘘だ」

コマンドー』の世界では許されるだろうが、あいにくこれは現実の話である。

「そうだ! 救急車がやってくるまえに電話しよう。『とりあえず良くなったみたいなので、大丈夫です』と伝えよう。うん、それがいい!」

「ピンポーン」

あれこれ迷っているうちに救急車が到着してしまった。

「早ええええ!!!」

って感心している場合じゃない。

「○○さん! 救急隊です! 大丈夫ですか!!」

もちろんもうピンピンしていたのでフツーにカギを解いて玄関を開けた。

「○○さんですか!?」

「あっ、はい。……○○です」

「大丈夫ですか!? 自力で動けますか!?」

「えっ、あ、はい、……動けるというか、あの、もう……」

「じゃあこちらの担架に乗ってください!!」

「えっ、担架…? い、いや、うっ、えっ、その……」

「さあ、こっちです!!」

結局、言われるがまま担架に乗せられてしまった。

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救急車の中の人たちは、脈を取ってくれたり、「もう着きますからね!」と声をかけてくれたり、迅速丁寧に対応してくんなさった。なんだか皆が慌ただしく働くオフィスでひとりバーベキューパーティをしているみたいな場違いな感じがした。そりゃそうだ、もう腹なんて全然痛くないんだから。

病院に到着後、さまざまな検査がなされたがとくに異常なし。そのままフツーに家に帰らされた。

その後、家のトイレで「ブツ」もちゃんと出た。

あの謎の腹痛はなんだったのか。

いずれにしても、私の黒歴史である。今でも本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

「むやみに救急車を呼ぶのはやめましょう」 

そんな奨励が病院側から出されたのは、それから数年後のことである。

たぶん俺のせいじゃない。