思い出のアメ玉

いまになって振り返ってみると「貴重な体験したなー」と思うのが、一時期、家の前にヤクザの人が住んでいたことだ。

まだ小学校に入学前のおこちゃまだったころのことである。

家の前の床屋さん一家が引越しをすることになった。そこの貸店舗兼住居である物件に居抜きで入ったのがヤクザの人でなんと事務所を構えたのだ。

 

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私が恐怖に震えたのは言うまでもない。

「なにか怒らせるようなことをしたらピストルで脅されるのでは…」

「“マヤク”とかいう、なにかイケないお薬を無理やり売りつけられるのでは…」

「そのうち敵のヤクザのおじさんたちがたくさんやってきて殺し合いがはじまるのでは…」

ちいさな子供の頭の中は恐怖の妄想でいっぱいになった。いや、大人だって怖いだろう。なんてったってヤクザの事務所が自分んちの目の前にあるのだ。怖いに決まっている。

だが、じっさいに対面したヤクザの人はとてもいい感じの人だった。

ヤクザの人は60ぐらいのおじさんでひとりで暮らしていた。外で顔が合うと「おおボウズ、おはよう!」などと気さくに声をかけてくれた。もちろん、ピストルで脅されたりイケない薬を売りつけられたりすることもなかった。

夏場の暑い時期になるとヤクザの人は玄関の前で行水をよくしていたのも覚えている。もちろん、背中に彫ってあるモンモンを堂々と晒しながらだ。いまの時代では到底考えられないことだろう。

先日、この話を母にしたら、ほかにもいろいろとエピソードがあることがわかった。

そのヤクザの人を私はいまのいままで親分だったと思い込んでいたが、じっさいは下っ端の人であったとのこと。仲間のヤクザの人が亡くなったときに事務所で葬式が行われ、100人を優に上回る大量のヤクザの人たちがやってきてえらい騒ぎになったこと。

また、両親が急な用事で家を留守にした際、小学校から帰ってきた兄をヤクザの人が預かってくれたことがあったという。

ああ、思い出した。そういえば、ヤクザの人の事務所から無事解放された、もといヤクザの人から大変親切にされて戻ってきた兄に

「ねえ、大丈夫だった?! 本当に?! 本当になにもされなかった?!」

と、私はしつこく何度も問い詰めたんだった。

ヤクザの人が住みはじめて2年ほど経ったころだろうか。

ある日、家の前で遊んでいる兄と私を見つけたヤクザの人が突然こちらのほうへ駆け寄ってきた。

「こ…今度こそ殺される!!」

もちろん違った。

「よお。おじさん、引っ越しちゃうんだ。これ、あげるから食べな。バイバイ」

そう言って、ビニール袋に入れられた大量のアメ玉を私たち兄弟に手渡すと、ヤクザの人は去っていった。

「このアメ玉には毒が入っているに違いない!」

我々兄弟はおそろしくて貰ったアメ玉を食べる気になれなかった。

ためしに目の前にいる蟻たちにアメ玉を食べさせてみた。

蟻は死ななかった。

それでもやっぱりおそろしくて、結局、袋に入れられたままのアメ玉は近くの空き地に捨てた。 

 「なんか書くネタないかなー」

と思って、お題スロットをポチポチ押していたら「思い出の味」というのが出てきたのでここまで書いたが、よく考えたらアメ食わなかったのでお題のテーマに全然合ってないことに気づいた。いや、まあ、書く前からわかってたが。 

 

お題「思い出の味」