『Ja, Zoo』という素晴らしいアルバムを制作している最中、まるでそれを置き土産にするように、突然、hideがこの世を去った。椎名林檎が1stシングル「幸福論」と2ndシングル「歌舞伎町の女王」を立て続けにリリースし、新世代の女性シンガーとしてサブカル系の音楽雑誌等でちょくちょく取り上げられはじめた。スーパーカーとくるりがデビューアルバムをリリースした。その前年にインディースからデビューアルバムをリリースしていたのがナンバーガールで、『ロッキング・オン』とかでも取り上げられるようになり、「福岡からなんだかものすげえバンドが出てきたらしい」と、音楽好きのあいだでも話題に上がるようになっていた。
そして、宇多田ヒカルがデビューしたのも、ちょうどこの年である。
つまり、1998年である。
そんなわけで、「音楽好きとしていままで生きてきたなかで、もっとも印象的だった年はいつか?」と仮に問われたとしたら私は「1998年」と答える。それぐらいなんだかいろいろあったというか、日本の音楽シーンに地殻変動かなにかが起こってるんじゃないかと思えてしまうぐらいの年だった。
にしても1998年からもう20年も経つのか。はええよ。
宇多田ヒカルのライブツアーの最終公演を観覧しに、おとといの夜、幕張メッセ国際展示場9~11ホールへ足を運んだ。
ライブを行うのはおよそ8年ぶりだとのことだ。しかも、デビューシングル「Automatic/time will tell」がリリースされたのが1998年の12月9日で、この日でちょうど20年とのことである。なにか特別なことがあるんじゃないかと、つい期待してしまう。
しかし、ライブはとてもシンプルだった。シンプルといっても宇多田ヒカルのライブであって、もちろん、それなりに金はかけられているのだろうが、ギタリスト、ベーシスト、ドラマー、鍵盤楽器奏者、さらに10人程度のストリングス隊という、宇多田ヒカルの音楽をライブで表現するにあたって必要最低限と言っていいであろう編成である。
なので、私の期待は外れてしまったわけだが、それでがっかりしてしまったかというと、ぜんぜんそんなことはなかった。
「会の主役になるようなことは苦手なんだけど…」
と本人がMCでおっしゃっていたように、きっとシンプルにやりたかったのだろうし、ある種、清々しい姿勢だな、とも思った。
幕張メッセという、あまりコンサート向きではない会場のせいもあるのだろう、「音響的に広がりがないな」、とか、宇多田ヒカルのパフォーマンス自体も「ちょっと高音出すのがきつそうだな…」とか、マイナスに感じる部分もなかったわけではない。
でも、なんか宇多田ヒカルが目の前(といっても、かなり離れた席だったが)で歌ってくれているという、もうそれだけでいいのだな。
なんだろう、この圧倒的に「通る声」は。
シャウトをかましたりだとかそういう衆目を集める歌い方をしているわけではなく、メロディをそのままなぞるように歌っているだけなのに、その歌声を耳にした瞬間、一気に持ってかれる。
こんな人、いままでいたっけ。
自分の過去のライブ体験を頭の中で検索してみる。ぱっと思い浮かんだのがいつぞやのフェスで観た井上陽水とクロマニヨンズ(甲本ヒロト)だ。私は井上陽水やクロマニヨンズの音楽に詳しい人間ではないが、あんときも歌声を耳にした瞬間、即座に持ってかれたな。
これは特別な声を持った人だ。人を惹きつけてやまない魔力が宿る歌声だ。
そう思った。
そして、宇多田ヒカルもそういう特別な声質を持った特別なシンガーだった。録音された楽曲を聴いているだけではけっして味わうことはできなかったろう。
ああ、ありがたや。
それにしても、この日のライブは写真と動画の撮影が許されていたので、つい貧乏根性が働いてバシャバシャ撮りまくってしまった。一応、下の一枚がこの日撮ることができた私のベストショットである。