学生時代からの友人であるA君はとにかく「悪気がない男」だ。
A君とは学生時代にバイト先のコンビニで知り合い、いまとなっては一番長い付き合いのある私の数少ない友人である。
A君はかつて内装関係の会社に勤めていたのだが、私と会うとなるとA君は会社の同僚への不平不満を延々と愚痴ってくるのが恒例だった。
「あいつはバカだ」
「クソ野郎だね、あいつは」
等々、なんとも容赦のない言葉を吐き出してくる。
A君に悪気は一切ない。なぜなら、A君は自分の主張が100パーセント正しいと思っているからで、悪気など微塵もあろうはずがない。
尚、A君の主張に私の意見は無用である。
以前、A君の辛辣この上ない罵詈雑言が展開されている合間に、私なりの意見を口にしたこともあったが、
「いや、おまえはとにかく俺の話を訊いてくれればいいんだよ。それで満足するから」
と返されてしまった。
それでも稀に
「おまえはどう思う?」
と意見を求められることがあるが、
「あー」
とか
「うん。だな」
とか
「ふーん。ほー。へー」
とかなんとかテキトーに相槌を打っておけばA君は勝手に満足してくれるのだから、愚痴を訊かされるのは面倒といえば面倒だが、ある意味、これほど会話をするのが楽な人間もいないのではないかと思う。
もうずいぶん昔のお互いが若かった頃のことだ。ひさしぶりに会ったA君と晩御飯を食べにファミレスへ行ったその日もA君の独演会が始まった。
「牛込さん(仮名)はクソ野郎だよ」
「目黒さん(仮名)はほんとバカだね。だめだよ、あいつは」
ちなみに私は牛込さん(仮名)や目黒さん(仮名)と会ったことや直接会話を交わしたことはもちろんないし、牛込さん(仮名)や目黒さん(仮名)が具体的にどんな人物なのかもA君からは訊かされていない。
A君はそんなことの説明よりもなにしろ自分の主張を吐き出すことに夢中だし、私自身、牛込さん(仮名)や目黒さん(仮名)にはまるっきり興味がない。
「とにかく俺の話を訊いてくれればいいんだ」
と、A君自身が言っているので、わざわざ訊く必要もない。
「大工はみんなクソ野郎だね」
さすがにその意見は極端すぎやしないだろうか。ものすごくどうでもよかったが珍しく意見を挟んでみた。
「そんなことないだろ。いい人だっているんじゃないの」
「いいや、クソだね。大工はみんなクズしかいないよ」
「ほんとかよ」
「ああ、間違いないね」
ここでハタと気がついた。
A君は良く言えば「フレンドリー」、悪く言えば「馴れ馴れしい」男だ。
悪気がなく初対面の人にも平気で軽口を言うし、なによりA君の普段の言葉遣いが
「○○っすよ~」
「うい~っす」
とかなんとか、なんというか、とにかくペラッペラなのである。
「おまえってさあ、ちょっと馴れ馴れしいじゃん? 言葉遣いも悪いし。そういうところが大工のおっさんらからしたらナメられてるって思われてんじゃないの?」
「いや、そんなことないだろ」
「だって俺、バイトではじめておまえと会ったときびっくりしたもん。客に向かって『ちょい待ってください』とか『うい~っす』って言ってて。ありゃありえんだろ」
「えっ、そんなんだったっけ俺? でも、それが原因じゃないだろ」
「絶対そうだよ」
そのときだ。席に座っている我々の近くをウエイトレスが通りがかった瞬間、A君がやおら口を開いた。
「あっ。ちょい、スンマセン~! 水、下さ~い!」
「いや、『ちょい、スンマセン~!』って。そういう言葉遣いのことだよ!」
「あっ…! そっか~!!」
A君に悪気はない。だが悪気がないだけによりタチが悪いと言えるのかもしれない。