ラーメンに興味がないラーメン屋

随分前に友人から聞いた話だ。

友人のいとこのおっさんが脱サラしてラーメン屋をはじめたものの、経営が軌道に乗らず、結果、一年も経たずに店を畳んでしまったという。

 

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立地がとくべつ悪かったとか、値段がバカ高かったとか、そういうことでもなかったらしい。となると考えられるのは「ラーメンが美味くなかったから」だろう。

なぜなら、美味くないラーメン屋に客がやってくるはずはないからだ。

ちなみに客がやってくるためになにか工夫なりなんなりしていたかというと、特にこれといったこともしていなかったという。

努力不足だと言ってしまえばたしかにそれまでの話である。

ただ、よくよく友人から話を聞いてみるとそう単純な話ではなかった。いや、ある意味、もっと単純かつきわめて根源的な理由がそこにはあった。

というのも、いつものように閑古鳥が鳴いている店内で暇をつぶしているとき、不意におっさんはある重大な事実に気がついたという。

「そもそもラーメンがあまり好きじゃなかった」

そんな奴が経営しているラーメン屋が流行るわけがないじゃないか。

なぜラーメンがあまり好きではない人間がラーメン屋をはじめてしまったのか。よくわからなかったが、当時私はこの話を聞いて友人と爆笑した。

だが、いま振り返ってこう思う。

ラーメンがとくに好きではない人間が経営しているラーメン屋だってあるのではないか。

しかも、そのラーメンがとびきり美味くてやたらと繁盛しているのだ。

きっとそういうラーメン屋だって少なからず存在しているはずである。

「あまり野球は好きじゃない」

というようなニュアンスの話をなにかのテレビ番組で口にしていたのは、かつてメジャーリーガーとしても活躍した元プロ野球選手の石井一久だ。

おそらく謙遜のようなものも多少含んだセリフなのだろうが、まるっきり嘘とも思えない。

石井選手がピッチャーとして輝かしい成績を残していることはよく知られている。

もちろんそれ相応の努力もしただろう。

ただ、石井選手は野球という競技そのものにとくべつな愛着はなかった。それでも立派な成績を収めることができたのは「野球の才能」があったからだろう。そうとしか考えられない。

では、とくにラーメンが好きではないのに繁盛しているラーメン屋の店主はどうか。

おそらく、学生のときに友人らとラーメン屋を訪れたことがきっかけではないか。

美味くて評判のラーメン屋だった。ただ、彼はラーメンがとくに好きだったわけではなかった。仲間たちが「行こう」と言うからなんとはなしに一緒に入っただけである。

やがて出されたラーメンを口にした彼はこう思った。

「あれ? こんなんだったら俺でも作れそうじゃん」

家に帰り、ためしに冷蔵庫に入っている余り物の食材と母親が揃えていた調味料、さらに麺はインスタントの袋入り用のを利用して作ってみた。自分でも驚いてしまうほど美味かった。

そして彼はラーメン屋を開くためにアルバイトに精を出す。とくにラーメンが好きではなく、ラーメン屋がやりたかったわけではなかったが、いずれは就職して生活をしていかなければならない。なにより彼にはラーメンを作る才能があった。

数年後、親の援助のおかげもあって開業のための資金を確保した彼はラーメン屋をオープンさせる。たちまち大評判となり街でも有名な人気店となった。

おしまい。

……というようなどうでもいいことを考えてしまったのは、昨日なんの気なしに入ったラーメン屋のラーメンがめちゃくちゃまずかったからである。

はたしてあのまずいラーメン屋の店主はラーメンが好きな人間だったのか。あるいは、とくに好きではなかったのか。

いずれにしても、

「とくに興味も愛着もないがめちゃくちゃ美味いラーメンを作る店主」

「店主がラーメン大好き。ただ、味はめちゃくちゃまずい」

両方の店があった場合、客がどちらの店に行くかは書くまでもないだろう。

にしても、

「ラーメンに興味がない店主。しかもまずい」

は問題外である。

友人のいとこのおっさんがいまなにをやっているのかは知らない。

「うどんだな。とくに好きじゃないけど、うん、次はうどん屋だ」

みたいなことになっていないのを祈るばかりだ。