最近、宅配便サービスの過酷な労働環境が巷の話題になっているのは情報弱者の私でもさすがに知っているわけです。
昨日だったか、仕事に行く前、家で朝のワイドショーをぼーっと眺めてたら、とある宅配便サービスで現役で働いているというかたが匿名顔出しNGという形で取材を受けてらっしゃった。
そのかた曰く、朝から晩まで休憩を取る暇もないほどひっきりなしに荷物を運んでおり、ある日などはおなじ人んちに3度も荷物を届けに行ったことがあるという。客に怒られ、会社に帰ったら帰ったで上司に怒られるという四面楚歌状態の凄まじく過酷な日々を送っているとのことだったが、それでも「生活のために仕事はやめられない」とおっしゃっていた。
話を訊いているだけで気分が滅入ってしまった。
「もしも今やっている仕事がだめになったら、宅急便の運ちゃんでもやればいいや」
と気軽に考えていた自分が恥ずかしい。
しかし、ここで私はあえて言いたい。
いま、この国で一番過酷な労働環境にある職業、それは「テレビの字幕を付ける人」であると。
というのも、昨日、仕事から帰ってきた私は、家でヘッドフォン付けて音楽を聴きながらテレビでやってたワールド・ベースボール・クラシック(以下WBC)の日本VSオーストラリア戦をなんとなく観てたのである。
野球なんで試合の経過は音がなくても観てりゃわかるが、それじゃ寂しいんでなんの気なしに字幕をオンにして観てみた。そしたら驚いた。
生中継である。当然ながら事前に収録された番組のように決まりきった台本などない。
にもかかわらず、試合の模様を実況するアナウンサーに加え、この日、解説を務めていた原辰徳、黒田博樹、佐々木主浩といったプロ野球界のOB、さらにグラウンドリポーターの中居正広らが忙しく繰り広げている会話を、「字幕を付ける中の人」は、数秒遅れで、ほぼ正確に、画面に字幕として映し出していたのだ。
思わず音楽聴くのをやめてテレビを音が出る状態にして確認してしまったほどだ。
たとえば筒香選手がホームランを打った際、
「筒香やりました、ホームランです!」
的な言葉を実況アナウンサーが発した場面があったが、
「津々GOやりました、ホムーランです!」
とかなんとかいったふうに打ち間違った状態で表示されることは、私が確認したかぎり一切なかったし、そればかりか、「いや~」とか「う~んと……」などといった各人の会話の最中に出てくる余分な接続語をご丁寧にも省いて、より読みやすいように字幕が表示されていた。
挙句の果てには、黒田が
「ランナーを残して変えるっていうのは、変わるっていうのは……」
みたいなコメントをした際には、
「ランナーを残して変わるっていうのは……」
などと、やはり読みやすいように言い換えた部分のみを字幕に表示していたり、もうとにかくものすごく優秀なのである。
おそらくひとりではこなせる仕事ではないだろう。もしかしたら実況アナ担当、原担当、黒田担当、みたいに、各人の会話を書き起こす担当者が別々にいたのではないか。
そうでないとあれほどまでの完璧な仕事ぶりの説明がつかない。もしもひとりであの作業をこなしていたのなら、それこそ化け物である。
ただ、この日のWBCの試合で会話していた人らはわりと言葉の発音が明瞭だったからまだいい。懸念すべきは「滑舌の悪い人間の言葉をどう書き起こすか」であろう。
たとえば以下のような番組が組まれたらどうか。
「緊急生放送! 長州力、天龍源一郎、藤波辰爾、前田日明、プロレス座談会」
よりにもよって、皆、滑舌の悪さで有名なレスラーばかりだ。しかも生放送であり、なぜ緊急でそんな番組を放送しなければならないのか、意味がまったくわからないが、絶対にないとは言えない。なにかの間違いでサムライTVあたりが放送してもおかしくはない。
いくら「字幕を付ける中の人」が優秀だとしても、さすがにこのミッションは困難を極めるはずだ。
「ぼ○▽※Υでみ×@ぐ;や」
あまりの滑舌のひどさに上のような字幕が表示されることだってあるかもしれない。違った意味での放送事故だ。
さらにもうひとつ懸念されるのが生放送ならではのトラブルだろう。
昔、某元女アイドルが生番組に出演中、うっかり放送禁止用語を口にしてしまい数年間干されたという事件は有名な話だ。件の某元女アイドルは「お○○こ」という謎の四文字言葉を発してしまったらしいが、おなじような惨劇が万が一にも起こらないとはかぎらない。
もちろん、「字幕を付ける中の人」だってプロである。
そのとき、はたして彼らはどうするのか。
プロとして正確に「そのまま」を表示するのか。あるいは、ばっちり聴き取れたものの視聴者に配慮して「あえて表示しない」のか。
気になって仕方がないが、とりあえず今日はいろいろあって疲れたのでじつはわりとどうでもよかったりする。おしまい。