【読書】‐ヘタなディスクガイドよりよっぽどジャズに興味を持てる一冊‐小川隆夫『ジャズメン死亡診断書』‐

ひさびさに神保町へ書店巡りをしに行ったら調子に乗っていろいろな本を買ってしまった。

以下の本もそのときに購入したものだ。

ジャズメン死亡診断書

ジャズメン死亡診断書

 

 

『ジャズメン死亡診断書』という本で、著者は小川隆夫さんという方だ。

現役の整形外科医でありながらジャズ評論家として多数の著作を上梓しており、さらにはDJやレコード・プロデューサーとしても活動されておられるらしい。

私はジャズに関しては門外漢の人間である。これまでにジャズの名盤と称されている作品をいくつか購入し耳にしたことがあるが、その魅力を理解できたとはとてもじゃないが言えない。というか、はっきり言って「よくわからん」というのが本音である。

私はふだんロックやポップスを主に好んで聴いており、あとはまあテクノやヒップホップなども多少嗜んでいる程度の人間なのだが、ジャズに関してはずっと「掴めそうで掴めない」という状況に甘んじている。

たまに聴くとなんだかオシャレだし

「あージャズっていいなー」

ってなったりするのだが、残念ながらその幸福が長続きした経験は一度としてない。

あるアルバムを聴いてファーストアクションは良かったのに、2曲目→3曲目と進んでいくにつれて

「なんかどれも似たような曲ばかりじゃねえか」

という感想が持ち上がってきてしまい、最終的には

「ああ……やっぱジャズ、難しいわ…」

というふうに諦めてしまうのがお決まりのパターンである。

音楽好きとしてこれはじつに悲しいことだ。

どうにかしてジャズの魅力を理解したい。

“大好き!”とまではいかなくても、あわよくば

「やっぱマイルスの火を噴くようなテナーは圧巻だね!」

とかなんとかわかったふうなドヤ顔混じりの作文をブログにアップしたい。

いや、「ジャズをわかったふうなドヤ顔混じりの作文をブログにアップしたい」というのは嘘だが、本書の帯に記されていた

 

ミュージシャンの「死」から見えてくる人生、そして聴こえてくるジャズ…

 

という惹句になんだか知的好奇心をくすぐられるとともに、

「ジャズを好きになれる足がかりになるんでは?」

という直感を感じた。

というわけで、本書は総勢23名のジャズメンの生と死を克明に綴ったルポタージュだ。

マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、ビル・エヴァンス、ジャコ・パストリアスといったじっさいに私自身作品を耳にしたことがある人、またチャーリー・パーカーやチャールズ・ミンガスなど名前だけ知っている人や、あるいはフランク・ロソリーノ、ミシェル・ペトルチアーニといった名前を訊いた覚えがない人も取り上げられている。総じて言えるのは、どのジャズメンもみな波乱万丈な生を生き、そして壮絶な死を迎えているということである。

若き天才トランペッターとして名声を手に入れ始めていた最中、自動車の交通事故によって25歳の若さであっけなくこの世を去ってしまったクリフォード・ブラウン。

また警察官と並行して音楽活動を続けつつ、やがてプロのヴァイヴ奏者に転向という風変わりなキャリアを辿ったレム・ウィンチェスターも32歳という若き頃に自ら放った銃弾によってこの世を去っている。

こちらはふつうに考えれば自殺として片付けられるであろう案件だが、なんと彼は自らが出演するステージにおいてMC中に拳銃を取り出しこめかみに当て引き金を引くパフォーマンス(もちろん空砲)を得意としていたとのことだ。それがあるとき、なぜかいつもと違う拳銃を持ってきて、例によって引き金を引いたら実弾が入っていて結果、ステージ上で絶命したというのだから驚く。

しかし、誤解を恐れずにいってしまえば彼らはまだかわいいものである。

なにしろ本書に登場するジャズメンの多くが薬物まみれの生活を送っているのだ。薬物といえばロックミュージシャンの専売特許だと思っていたが、ジャズ界隈も負けず劣らずだ。当然ながらいずれの人物もじつに壮絶な人生を送っている。

薬物に溺れホームレス生活を送っていたある日、クラブへ無理やり入店しようと暴れ用心棒と揉み合いになった末、コンクリートに頭を打ち付け脳挫傷で死去という悲惨な最期を遂げたジャコ・パストリアス。

ビル・エヴァンスは寡作家として知られていたそうだが、別人のように次々と録音に精を出す時期があった。これはヘロインを手に入れるためのギャラ目当てというのが大きな背景としてあったらしい。また彼がステージ上においてけっして笑顔を見せようとしなかったのは、薬物のせいで歯が抜け落ちてしまっていたのが理由であったとのこと。

もちろん本書ではジャコ・パストリアスにしてもビル・エヴァンスにしてもミュージシャンとしての輝かしいキャリアが描かれているだけに、その闇と光のコントラストが激しすぎる人生を知るにつけ驚愕し声を失ってしまうばかりだ。

私はドラッグはやったことはない。なので定かなことは言えないが、ドラッグは百害あって一利なしだろう。一時的な快楽やつらい現実から逃避するという意味ではそれなりに助けにはなったのだろうが、少なくとも音楽を創造することにおいてはほとんどなんの役にも立っていないことは本書を読めば明白だ。

ただ、彼らの遺した音楽を耳にすることで、本書の中で詳細に記されている彼らの精神状態をより深く理解することができるのではないか。そう思った。

本書の真骨頂と言えるのが(というか、小川隆夫氏の著作全般に言えるのかもしれないが)現役医師ならではの視点が発揮されている部分だろう。

たとえば、マイルス・デイヴィスが生前見舞われたさまざまな病気の症状を専門的に検証するくだりなど、普通の音楽ガイド本などではまず見られない展開でありとてもおもしろかった。

エリック・ドルフィーのおでこにある瘤の謎を検証するくだりも瞠目ものだ。少々長いが、一部抜粋しよう。

 

興味深いのは、ミンガスのグループでヨーロッパ・ツアーをしたこのときに残されたいくつかの映像だ。これらを観ると、4月12日のオスロ公演ではいつものように瘤が認められる。ところが19日のリエージュ公演では、その瘤が除去され、額に横一文字の傷跡があるのみだ。

この間に滴手術を受けたのだろうが、それにしても1週間足らずであれば、普通はまだ抜糸をしない。映像では、ドルフィーがサックスを吹くと、おでこにも力がはいるのだろう。その部分が少し膨れるように見える。それでも切開創が開かないのは、皮膚が生着しているからだ。これは、かなり短期間で傷跡が癒合したことを意味している。というか、ちょっと考えられないほどだ。ましてや、数ヵ月後にはこの世を去るほど糖尿病が悪化していたひとの手術創である。一般的に糖尿病のひとの傷は治りにくいから、この手術創の治り方は不思議だ。

 

たしかに不思議だ。なんともスリリングな展開で、ちょっとしたミステリー小説を読んでいるようでもある。

ロック好きの私としては、F1レーサー兼ロック評論家や動物園の園長兼ロック評論家などの登場を待望したいところだ。

はたしてF1レーサーや動物園の園長が展開するロック評はどのような独自的見解を示すのか。興味は尽きない。

というわけで、この本のおかげでまたジャズを本気で聴いてみようと思っている。

いや、本気で聴くとかそういうもんじゃないのかもしれませんけど。