たくましき「おばさん」という生き物

おばさんは凄い。

おばさんはメンタルが鉄で出来ている。

私もおばさんのような強心臓な人間になりたい。

なんならおばさんとして生まれ変わりたい。

……という趣旨の作文を以前投稿したところ、たちまち読者の方々からたくさんの反響をいただいた。以下のエントリーである。

 


「『たくさんの反響をいただいた』って、スター付いてねえしブックマークだってひとつしか付いてないじゃないか! ふざけんな!!」

という突っ込みは悲しくなるのでやめていただきたい。

必死こいて記事を更新しているわりに毎回たいした反響もない不人気ブログを運営しているのだ。もう充分に私は傷ついている。大人のマナーを身に着けている人なら察してほしい。野暮というものだ。

というわけで、どこに需要があるのかわからないが、今日は前回のおばさん記事の続編を書きたいと思う。

以下に登場するおばさんどもは、いずれもこれまで私が30数年間生きてきた中でじっさいに遭遇した方々である。

この記事を全国の尊敬すべきおばさんどもに捧げる(※尚、記事中に登場する画像と本文は一切関係はございません)。

 

①頭にビニール袋を被ったおばさん

姉野村沙知代

姉野村沙知代

 

ある日の夕方のことだった。外を歩いていると、突然、激しい雷雨に襲われた。夕立というやつだ。

慌てて持っていた傘をさす者や、建物の下へ駆け込み雨除けをする者らでちょっとした騒ぎになった。あいにく私も傘を持っていなかったので、とりあえず雨脚が弱まるまで建物の下で避難することにした。

そのとき、私は見たのだ。

コンビニやスーパーなどで購入した商品を入れるビニール袋、あれを頭から頬にかけて包むように被り顎の下で結んだ状態で猛然と自転車を走らせているおばさんだ。

仰天した。

「嘘みたいだろ。頭にビニール袋被ってるんだぜ」

上杉達也だって言おうというものだ。

「頭が雨で濡れるぐらいならビニール袋をほっかむる」という、たとえ思いついたとしても誰もが躊躇するであろう行為を臆面もなく平然とやってのけているおばさんを見て、「やっぱおばさんってすごいわ……」と私はまざまざと実感したのである。

 

②会話を切り上げるタイミングが唐突すぎるおばさん

女が人生を前向きに生きるための「明日じたく」

女が人生を前向きに生きるための「明日じたく」

 

「女の人の脳は会話をすることでストレスを発散するようにできている」

というふうなことを以前、なにかのテレビ番組で脳科学者だかが語っていたのを記憶している。 

その話がじっさいに正しいのかどうか、私自身脳科学の研究に日夜勤しんでいるわけではないので知ったことではないが、私の周りのおばさん連中を見るかぎり、「ああ、たしかにそうかもな」と思わざるを得ない。

なにしろ機関銃のように喋りまくる。そして、なにより驚いてしまうのが「会話を切り上げるタイミング」だ。

おばさんA「それでさー、いつまで経ってもよくならないからヤブじゃないかって思って、○○って医者に行ってみたのよ」

おばさんB「あら、あそこのお医者さん有名よ」

おばさんA「そうそう。で、そしたらそこでも『○○さん、骨粗しょう症ですね』っておんなじこと言われちゃってさー」

おばさんB「そうなんだ、大変ねー」

おばさんA「アハハハ。まったくまいっちゃうわよねー。あ。ウチ帰って洗濯物たたまなきゃ。アタシ、もう行くわ。ほんじゃねー」

上に挙げたのは、あるおばさん同士による会話のほんの一例だが、このおばさんAの会話を切り上げるタイミングはどうなんだ。あまりにも唐突じゃないか。それまでの会話の余韻もなにもあったもんじゃないのである。

おそらく、自分が話したいことを相手に話すことができてスッキリしたのだろう。で、瞬間的に思考が切り替わったのではないか。なんだかよくわからないが、いずれにせよ、ものすごいダイナミズムである。

 

③知らない人の話をしてくるおばさん

あなた、男の鑑定できますか―チェックポイントは、この17カ所

あなた、男の鑑定できますか―チェックポイントは、この17カ所

 

上に挙げた前回のおばさん記事で、私と親戚関係にあるパンチパーマ風の髪型をしているおばさんのことを書いた。私が「大仏さま」と敬意を込めて陰ながら読んでいるこの親戚のおばさん、私が子供のころから実家にしょっちゅう足を運びにやって来るのだが、以前、母から

「全然知らない人の話をされて困っちゃうのよね」

という愚痴を訊かされた。

たとえばそれは以下のような会話である。

親戚のおばさん「それでね、こないだヤマシタさんとカラオケ行ったのよ」

母「うん」

親戚のおばさん「どうせなら採点する機械で勝負しようって話になってさー」

母「あー、うんうん」

親戚のおばさん「でもヤマシタさんってほら、カラオケ教室通ってるから歌うまいじゃない?」

母「うん」

親戚のおばさん「で、案の定、ヤマシタさんに負けちゃったってわけ。アハハハハ」

母「へぇー、そうだったんだー」

親戚のおばさん「そうなのよおー。まったくまいっちゃうわよねー。あ。ウチ帰って洗濯物たたまなきゃ。アタシ、もう行くわ。ほんじゃねー」

母曰く、この「ヤマシタさん」という人のことを「全然知らない」とのことなのだ。

会ったことも見たこともなければ、親戚のおばさんから「ヤマシタさん」という人がどういう人物かさえ訊かされてない、その上での会話だという。

しかも、これは「ヤマシタさん」に限った話ではなく、時には見ず知らずの「ヨシダさん」の話をされることもあるし、時には誰だかさっぱりわからない「コンノさん」の話をやはりなんの前情報もなくされることもしばしばあるらしい。

ようするに、親戚のおばさんからしたら

「自分の言いたいことを喋れればこまけえことはどうだっていいわ!」

ということなのだろう。

まさに鉄のメンタリティである。ほんとうにはっきり言って無敵です。

 

④ノーブラで街中をブラブラするおばさん

Stay Young Forever―写真集野村沙知代

Stay Young Forever―写真集野村沙知代

 

この時期、街中ににわかに出没するようになるのがノーブラのおばさんである。

「おまえが普段いやらしいことばかり考えてるから目につくだけじゃないか」

と言われるのは心外だ。

たしかに私はいやらしい人間である。それは否定しない。だが、おばさんのノーブラ越しの乳首は私は見たかないのである。

とはいえ、「見たくない」という私個人の意見はともかくとして、「ノーブラ」といえば誰しもが思い浮かべるのは欧米諸国の女子たちだろう。

「欧米の文化をいち早く取り入れている」という意味では、おばさんこそが流行の最先端を走っていると考えていいのではないか。

じつにたくましい。いや、だから見たくはないですけど。

 

以上である。

私のようにメンタルがか細い人は、これらのメンタルお化けなおばさんどもをぜひ参考にして、この世知辛い世の中を堂々と歩んでいただきたいものだ。