「死ね」と言われるより「生きろ」と言われるほうがつらい

こんな内容のない記事オンリーの不人気ブログであるにもかかわらず、新しい記事を投稿するとスターだのブックマークだのコメントだのを寄せてくれる方々が少なからずいらっしゃる。

たいへん有り難いことだ。

 

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ちなみにこれまでにいくつか頂戴したコメントのほぼすべては好意的なものである。

いや、好意的かどうだったかはわからないが、「うんこ」だの「ちんこ」だの「まんこ」だのという言葉は確認できなかったので、好意的ではなかったにせよ、少なくとも誹謗中傷・罵詈雑言に類するコメントではなかったはずだ。

本当にやさしい人たちばかりだ。感動の念を禁じ得ない。

とはいえ、はてなブログを利用するようになってからおよそ2年ちょい経つが、上で「ほぼすべて」と書いたとおり、有り難いことにじつは罵詈雑言めいたコメントもかなり前に一度だけ頂戴したことがある。

あまりに有り難すぎて当該のコメントはすぐに削除してしまったので内容はほとんど覚えてない。

まあ、覚えている部分をざっくり要約すると「死ね!」と書かれていた。

戸惑った、というのが私の正直な気持ちである。

というのは、こんなことは書くまでもないと思うが、わざわざそんなことを言われなくても私は死ぬからである。

たとえば、近いうちに交通事故やなんらかの災害に巻き込まれて死ぬかもしれない。あるいは近いうちではないとしても、最終的には病気にかかるなり老衰によって確実に死ぬ。

つまり、わざわざ人に対して「死ね!」なんていう言葉を吐くのは、スカトロプレイを愛好する人に「糞でも食っとけ!」と言っているのとなんら変わりはない。

「いや、食ってるよ」

スカトロの人だって言うだろう。

「いや、言われなくても死ぬよ」

そう答えるしかないじゃないか。

たとえばの話、罵詈雑言のコメントを寄せるにしても、「未来永劫、生きろ!」と書かれていたほうがつらいのではないか。少なくとも私の場合、そのようなコメントを寄せられるほうがよっぽどつらい。

たしかに死ぬのは怖い。しかし、死という終わりがあるからこそ、日々を楽しく過ごそうという目標を持って生きていくことができるのではなかろうか。

仮に人類が不老不死の身体を手に入れたら、それこそ地獄の生活が待っているに違いない。なにしろ、終わりのないことほどつらいものはないからだ。

おそらく誰もが真面目に一生懸命働くのが馬鹿らしくなり、なにをやっても観ても聴いても感動もしなくなるだろう。だって、死なないんだから。

無為な日々の永久ループ……想像するだにおそろしいばかりだ。

なので、万が一私の投稿した記事の内容が仮に気に食わなかったとしても、「未来永劫、生きろ!」なんていうコメントを寄せるのはやめていただきたい。絶対にやめてほしい。

とはいえ、「死ね!」というコメントもひどい。

人を誹謗中傷するような罵詈雑言を書いても誰も幸せにならないしやめたほうがいい。老婆心ながら忠告させていただく。

ところで先日、バイクで町を走っていたら後ろにいた頭の悪そうな色したスポーツカーにおもいっきり車間距離を詰められ煽り走行をされるというひどい災難に遭った。

とりあえず「死ね!」と思った。

 

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