こんばんは、ラッシャー板前です。
そう、じつはなにを隠そう、俺は、ラッシャー板前なのである。
いや、正確に言えば「ラッシャー板前になりそこねた男」だ。
つまり、「ラッシャー板前のようでいてラッシャー板前ではない男」なのだ。
なにを言ってるのかわからんか。
まあ、わからんでしょう。
説明しよう。
先日。仕事が終わって、「今日の晩メシはなんにしようか」と数分ほど思案、「ピザだな」という気分になった。
ちょうど自宅への帰り道にピザの某有名チェーンであるなんとかハットという店がある。そこでテイクアウトしていこう。うん。決めた。
ただ、俺は迷っていた。
べつにピザの種類をなににするのかで迷っていたわけではない。
そんなもんは行く前からとっくに決まっている。うんたらガーリックとかなんとかいうやつだ。にんにく食って元気をつけるためだ。テイクアウトで頼むと半額になるやつだ。
俺が迷っていたこと。それは、「さて、どんな名前にしようかな」ということである。
ピザ屋でテイクアウトをした経験がある人ならおわかりだろう。
ピザ屋ではテイクアウトを頼むときは名前を訊かれる。少なくとも俺が知っているかぎり「なんとかハット」と「ドミノなんとか」という店では訊かれる。
まあ、あんなもんは
「○○デラックスをご注文の△△様~、お待ちのピザが出来上がりましたー」
とかなんとかいったふうに呼ぶために都合上、名前を訊いてるだけなんであって、べつに本名を名乗る必要はない。
と思う。
事実、これまでにも俺は、ピザ屋でテイクアウトを頼むとき、あるいはファミレスで順番待ち用のノートに名前を書き込む際、数々の偽名を名乗ってきた。
笘篠。大仁田。村雨。鬼木。鬼塚。
いずれも俺の本当の名前じゃないが、もちろんふつうに呼ばれたし、なんの問題もなかった。まあ、ちょっとした悪ふざけである。
ここまで説明してすでにお気づきの方もいらっしゃるだろう。そう。俺は「どんな名前を名乗るべきか」で迷っていたのだ。
「たまには本名とは違う名前で呼ばれたい」
それは誰もが抱く願望ではないだろうか。
ねえか。俺だけか。
まあ、俺はある。
そして、不意に頭に浮かんだ。
「……『ラッシャー板前』だ! よし、これで行こう!!」
まあ、しかしだ。ラッシャー板前を名乗るのにはかなりの勇気がいる。まず「ラッシャー」というのがありえない。おまけに「板前」だ。絶対にありえない。こんな名前が本名のやつはいない。断言できる。それこそ、たけし軍団の例のあの人しか思い浮かばないし、あの人の本当の名前だって「ラッシャー板前」なんかではけっしてないはずだ。
しかし俺も男だ。一度決めたからにはあとには引けない。
そして帰り道。なんとかハットの隣にバイクを停め、覚悟を決めて店内に入った。
「すいません。テイクアウト頼みたいんですけど」
「あっ。はい。ピザはなににいたしますか?」
「えーっと、うんたらガーリックってやつのMサイズで」
「うんたらガーリックのMですね。生地のほうは?」
「あっ、パン生地で」
「パン生地で。わかりました。お時間15分ほどかかりますがよろしいですか?」
「あー、はい」
「それでは、○○円になります」
代金を支払う。
「ありがとうございます。それでは出来上がったらお呼びしますので、お名前の方をよろしいですか?」
キタ━(゚∀゚)━!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「ラッシャー板前」を名乗るときがついにやってきたのだ。勇気を出すんだ、俺。
「えーっと、……ラッ………しっ、…シノで…す」
「了解しました。よろしかったらそちらの席におすわりになってお待ちください」
やっぱり無理だった。
そして15分ほどが経過。
「うんたらガーリックのMサイズをご注文の☆〒〓さまぁー。お待ちのピザが出来上がりましたー」
さっきの店員が誰かの名前を呼んでいるのだがなんて言ってんだかよくわからない。俺だろう。客が俺しかいないからだ。ピザを受け取りに行く。やっぱり俺だった。
「ありがとうございましたー」
店を出てレシートを確認すると、そこには「ラシオ様」というレジスターによる文字が記されていた。
俺は敗北感を味わいながら家路についたのだった。
この次は必ず…!
あとついでに、一度でいいから「ジャンボ尾崎さま」と呼ばれたい、とも思った。
俺の野望は尽きない。