CDレビュー:「いくつもの夜を超えて/明石家さんま」‐さんまの歌は本当にすごかった

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「さんまの歌がすごいらしい」

という話は私もかねがねうかがっていたし、実際これまでにもテレビなどで断片的に耳にしたことはあった。だが、ひとつの作品としてこうしてじっくり耳を傾けたいまとなっては、「まさかこれほどまでとは…」と、その奇跡的とすらいえる衝撃を実感せざるをえない。

とんねるず、ダウンタウン、ウッチャンナンチャン、テツandトモ、はなわ、さらに最近では、どぶろっくやクマムシなど、「誰かれかまわず歌をうたわせる」という芸能界の鉄の掟は、ことお笑い芸人においても古の時代から今日まで実践されてきたわけであるが、はっきりいってこれらお笑い芸人の歌とさんまの歌は、まったく次元が異なる「似て非なるもの」といえるだろう。

とにかく、酷い歌声だ。その一言に尽きる。

声量、音程、リズム感、どれもが圧倒的に酷い。

ガラガラにしわがれたその歌声は、たとえばブルース・シンガーのそれとはちがい、というか比べるのも失礼このうえないほど、身の毛もよだつ不快感「のみ」を鮮明なまでに描きだす。

そしてさらに驚くべきは、『Big Live』と称された9曲目からのライブ録音音源だ。

スタジオ録音楽曲から一転、それまでの流れをぶったぎっていきなりライブ音源になだれ込むという斬新な構成にも舌を巻かされたが、肝心のさんまの歌声のほうもその不安定さが一層の輝きを増すのであるからすこぶる最悪だ。

実際、私自身、一瞬、気が遠くなるような気分に何度おそわれたことか、その記憶さえもやられてしまいおぼろげなのであるが、たとえば「あ~、かったるいから明日、学校(会社)休みてえなあ」なんて思っているロッキンなみなさんなどは、この歌声を聴けばひとたび呼吸を乱し不整脈を発症したうえ結果的に救急車で運ばれること請け合いなので、わざわざ親や上司の顔をうかがいながら仮病を使うまでもない。

…というふうに、きわめて実用度が高い作品といえようか。

が、それよりも着目せねばならないのは、美空ひばりにしろ、あるいは椎名林檎だとか平井堅だとかいろいろ歌の上手いアレはいるが、ああいうのはヴォーカル・スクールみたいなのに通えばある程度同じようなレベルに達することができるだろう、と思われるが(知らないが)、さんまのように歌いこなすには、ある意味、生まれながらの天才的な技が必要であるということだ。

であるので、凡人である我々が同じように歌うことなど土台無理、つまるところ、ひじょうに難解、難解ということは高度、高度=芸術的、芸術的=歴史的名盤、と断言できるわけなのだが、そんなおめでたい解釈をできるやつがいようものなら一度お目にかかりたいものである。

 

【全曲解説】

①Bigな気分 ★★★★

「この広い海も俺だけの世界。bigな気分で今日も生きよう」と力強く宣言する、さんま流メッセージ・ソング。が、そんなことはどうでもよくなるほど酷い歌声だ。

②海 その愛 ★★★☆

加山雄三の名バラードをさんま流にアレンジしたナンバー。「海は好きですか? ボクは大きな海が好きです。そして男なら心に海のドラマを、女なら心に海のやさしさを、持ってほしいと思います」との語りから「♪う~みにぃ~だぁかぁれてぇ~」と歌になだれ込む展開であるが、そんなことはどうでもよくなるほどとにかく酷い歌声だ。

③ウィスキー・コーク ★★★★★

矢沢永吉の名曲をやはりさんま流にアレンジしたナンバー「イルミネーション…排気ガス…そしてあふれる、人…人…人という、もはや伝説ともなっているあの語りから「♪ぅ俺たぁちの出会いぉお~」と歌になだれ込む展開であるが、そんなことはどうでもよくなるほど酷すぎる歌声だ。

④安奈 ★★★

やはり甲斐バンドの名曲をやはりさんま流にアレンジしたナンバーで、「やさしさをもった人は、それ以上の悲しみがわかる人。悲しくても苦しくても…乗り越えて生きてほしい」と何を言いたいのかよくわからない語りから「♪さぁむいぃ~夜だぁ~ったぁ~」と歌になだれ込む展開であるが、もういいかげんにしてほしいものだ。

⑤街の灯り ★☆

恋人たちの青春の1ページを綴ったせつないバラードも、さんまの絶望的な歌声にかかれば瞬時にして爆笑バラードへと生まれ変わるのだから、その才能にはあらためて敬服せざるをえない。

⑥Mr.アンダースロー ★

自らの生き様を野球のエース・ピッチャーになぞらえた、野球界からしたらまったくいい迷惑であろう曲である。

⑦Shakin' Street ★★

さんまの酷い歌声の傍らでコーラスでその美声を響かせているのは、『SANMA PROJECT』なるバック・バンドの仕業によるもの。彼らの心中は察するに余りあろう。

⑧いくつもの夜を越えて(type2) ★★★

「目を閉じれば思い出す人たち。やさしさを忘れる、この夜を生きる」とかいう語りから「♪かぁたぁりぃつぅ~くぅせぇえない~夢ぉ~」とまたしても歌になだれ込む展開なわけであるが、本当にいいかげんにしてほしいものである。

⑨悲しい女のままで ★★★

ここからいきなりのライヴ録音音源という斬新な構成であるのだから、仰天だ。ちがった意味でさらにその激しさに拍車がかかるさんまの歌声が、じつにおぞましい。あえて形容するならば「アマゾン流域に潜む謎の生物の断末魔の雄叫び」といったところだろうか。おそらくは当時の熱狂的なファンなのだろう、「さんまちゃ~ん」という若い女性客からの黄色い歓声がなんとも微笑ましいばかりだが、熱を上げるというのはこんなにも自分が見えなくなるのかと己の襟を正したいものだ。

⑩Good-bye Summer Girl ★★★

「♪ぐっばぃさまぁ~がぁ~る」などと意気揚々とうたうさんまだが、英語を口に出すのがこんなにも似合わない男もめずらしいだろう。

⑪Bigな気分 ★★★☆

M1のライブ・バージョンだが、こんなにもありがたくないライブ・バージョンもめずらしいだろう。

⑫カラオケ・コーナー~魅せられて~大都会 ★★★

超一流のお笑い芸人らしく、その道のプロとして笑いをとることもけっして忘れないさんま。うたうは高音ソングとしてお馴染みのジュディ・オング『魅せられて』とクリスタル・キング『大都会』。むろん、さんま歌えず、客爆笑、というお約束の展開になるわけだが、最初からじゅうぶんすぎるほど笑える歌をうたっていることにさんまは気づいていないのだろうか。

⑬君のビーナス ★★

まだ続くのかよ、という思いで胸いっぱいの曲である。

⑭いつものように ★★★★★

と、ここで「さんまちゃん~おにぎり」とライブ中であるにもかかわらずなんと客席のファンからおにぎりを差し入れされ、当然のごとくパクつくさんま。前代未聞の様相を呈してきたなか、さらに歌をせかす客ら。「いや、そないにぎりめし食べながら歌えられへん」とさすが高速でつっこむさんま。「おい、おい待てぇ! 今日のレコーディングはハイキングかアホゥ!」となおもさんま。がぜん沸くファンら。「にぎりめしを食べながらというですね、ええ、こういうのもいいんじゃないかと思うんですけどもね。…これはカツオ?」とさんまだが、なにが「こういうのもいい」なのかまったくわからない私だ。

⑮いくつもの夜を越えて(type1) ★★★★☆

ラストは「♪ぐぅなぁ~いとぅなぁぁ~い~いくつものぉ~夜を越えてぇ~」というサビを情感こめてしつこいくらい繰り返しうたうさんまだが、私自身、こうして息をしているのも信じられないくらいだ。

 

総評(天才的なお笑い芸に)★★★★★